2011年03月24日

ロックフェラー・ファイルNO.4。







ジオターゲティング




少しずつではありますがようやく震災の復興も始まり、いくらか気持ちが軽くなりました。
筆者の住んでいるところは、ほんとに平和な土地柄で、この非常事態に、何の被害もなく、平和な日々を送っている事になんとなく後ろめたさを感じていました。

ガソリン節約。出来るだけ歩く。
電気も出来るだけつけない。外灯、階段などの照明は全て消灯。
トイレの水はお風呂のお湯をバケツに汲んで使っています。
そうすることでこの後ろめたさを解消しようという、単なる自己満足かもしれません。

震災で一時お休みしておりましたロックフェラー・ファイルの続きです。
2008年9月15日のリーマン以降窮地の続くロックフェラーですが、今回の震災、最後の大勝負に出てきたのかもしれません。

およそ30年前に書かれたこの書は、現在の支配構造をあからさまにしています。
また、当時はロックフェラー批判も公人が公然と出来たようですが、現在はそのような事をする人は皆無となりました。

みんな口をつぐんでしまいました。
もしくはあの世に行ってしまいました。

彼らはソビエトの建設を支援してきた


ロシア革命の直後、ロックフェラー一族と彼らのグループ(CFR)は、共産主義ロシアの危機を打開するため、アメリカの貿易業者がソビエトに物資を輸出できるよう議会に圧力をかけ始めた。

当時ポルシェビキの野蛮な性格に強い反発を示していた。
その為アメリカ政府は公式的にはこの非合法政府との取引は出来なかった。

アメリカがロシアのポルシェビキ政権を承認するためには、1932年のルーズベルト大統領の誕生を待たねばならなかった。

そこでポルシェビキの救援に大急ぎで向かったのが、バンダーリップ、ハリマン、ロックフェラー家であり、なかでもフランク・ワンダーリップはソ連に一番乗りした。

彼はロックフェラーの代理人で、シティ銀行の頭取を務めていた。
フランクはレーニンをジョージ・ワシントンのように偉大な建国者であるとたたえた人物である。

ポルシェビキ革命以前、既にロシアは世界一の産油国アメリカに次ぐ石油資源国であった。
しかし革命による混乱と破壊のため、ロックフェラー一族のスタンダード石油は事実上ロシアから占め出された。

彼らがロシアの石油事業に進出し、その事業の一部を確保したのは、革命後数年経ってからだった。

1926年、スタンダード石油とその子会社のバキューム石油は、ヨーロッパ市場にソ連の石油を輸出する取り決めを結んだ。

当時の報道によれば、この取引の一部はロックフェラーからソ連共産党に貸し付けられた7500万ドルの資金で穴埋めされた。

1927年、ソ連共産党の秘密のパートナー、NYのスタンダード石油は、ロシアに石油精製施設を建てた。
この施設はソビエト経済を回復させるのに計り知れない貢献をした。

これは革命以後初めてなされたソビエトの対するアメリカの本格的な投資である。
スタンフォード大学のフーバー研究所の高名な教授アントニー・サットンは証言する。「我々はその後この施設が共産主義者に没収された事を聞いていない。という事はロックフェラーが鉄のカーテンの向こう側で今もこの施設を所有しスイスの秘密口座を通じて莫大な利益を得ている事を意味しているのではないだろうか。もしそうだとすれば、ロックフェラー一族は彼らの得た利益を株主配当や税金の形で減らさなくとも済む訳だ。

ロックフェラーのスタンダード石油が行くところチェース・ナショナル銀行が必ず後に従った。
1922年チェース・ナショナル銀行は利潤を追求する資本家の大敵とみなされているポルシェビキを助けるため、米ソ商工会議所を解説した。
この会議所の会頭はチェース・ナショナル銀行の頭取リーブ・スクリィだった。

1925年、チェース銀行とプロム銀行間の交渉は単なる原材料買い付けの融資の枠を超え、ソビエトのアメリカ向け原材料輸出とアメリカの綿および機械のソビエト向け輸出に関する貿易決済の完全で精密な合意に達した。

チェース・ナショナル銀行とエキタブル・トラスト・カンパニーは、ソビエトの信用取引を拡大するリーダーシップをとった。

また、1928年、ロックフェラーのチェース・ナショナル銀行は、アメリカ国内でポルシェビキ再建を売った。
そのためチェース・ナショナル銀行は「国際的盗品取引銀行」と非難され、ロックフェラーは「アメリカの面汚し」「利益のためなら何でもする男」と批判された。

アメリカの上院議員ルイス・マクファデンは金融通貨委員会議長を務めた当時同僚の議員たちに向かって次のように演説した。

「ソビエト政府は我が国の連邦準備制度理事会、および連邦準備銀行の決定によりロッフェラーのチェース・ナショナル銀行、モルガン・ギャランディ・トラスト他NY市内のいくつかの銀行からアメリカの国家資金を手に入れている。
諸君、NYのソビエト政府貿易公社、アムトルグやソ連の貿易組織本部ゴストルグ、ソビエト国立銀行の帳簿をひらいてごらんなさい。

これで、いかに多くの国家資金が、ソビエトのためにもちだされてきたか、という事が判ってビックリされるだろう。

NYのチェース・ナショナル銀行がソビエトの国立銀行のためにどんな取引をしてきたか調べてみると意外な事が判るだろう。

つづく。







posted by コスモ at 03:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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