2008年12月11日

フィラディルフィア実験

フィラディルフィア実験  PART-2

皆さんは、第2次大戦のさなかにアメリカ海軍が実施したと言われるフィラデルフィア実験という言葉を聴いたことがありますか?

実際に軍艦が消えたとか消えないとかという議論はさておいて、この実験のことが最初に世の中に知られるのは、1955年にモリス・K・ジェサップが”UFOの真実The Case for UFO”という本を出版したあと、1957年の春に彼が海軍リサーチセンターに所属するという数人の人物の訪問を受けたことから始まります。

彼らは、来訪の目的は軍の命令ではなくて自分達の個人の意思で来たと断りましたが、リサーチセンターに匿名で送られてきたジェサップ著”UFOの真実”が原因だったのです。
 
彼らによるとその本の3箇所にメモが貼り付けてあり、そのメモには、海軍が”船を見えなくするプロジェクト”を実施中に、UFOが飛行する秘密-時空を捻じ曲げての移動を偶然に発見したということが書かれていたのです。

海軍からの来訪者達は、そのメモを書いた人間を探し出すために、ジェサップに心当たりはないか聞きにきたのでした。

この時の海軍の人間達との話によって、ジェサップは自分が何かとてつもなく大きな事に巻き込まれていることを知り、それ以後その内容の解明に全力を投入し始めたのでした。

そしてそれから4年後の1959年には、ジェサップはUFOと海軍の実験に関して、軍部が大衆に隠していることに関するたくさんの衝撃的な証拠を手に入れたのでした。

ジェサップは手に入れた証拠を基に、発見した事実をフロリダ州選出の上院議員や何人かの興味を示した人達に話すために日時をセットして、フロリダの自宅を出発してワシントンD・Cに向けて出発したのですが、約束の日時に彼は現れなかったのです。

やがてマイアミ郊外の高速道路に入るところで彼の車が発見され、その車のマフラーにはパイプが取り付けられていて、そのパイプが運転席まで伸びていて、車中には死体となったジェサップがみつかりました。警察は死因を一酸化中毒として、自殺と断定したのですが、一緒にあるはずの沢山の書類や証拠物件の類がすべてなくなっていたのでした。 

しかしジェサップはワシントンD・Cに出かける前に、科学者であり以前からUFOに関しての情報を交換しあっていた友人のイヴァン・T・サンダーソンという人物に、海軍に送られた本につけてあったメモの写しを含めて多くの情報を渡していたのです。

そしてサンダーソンは仲間と共にその資料を基にして、UFOと海軍の実験ーすなわち場所に因んでフィラデルフィア実験と呼ばれるようになった実験について、1967年に"招かれざる訪問者Uninvited Visitor"と題した本を出版したのでした。

やがて1979年になるとウイリアム・ムーアとチャールス・ベルリッツ共著で”フィラデルフィア実験:見えなくする計画”と題する本が出版されるに及んで、この海軍の秘密実験が公に知られるようになったのでした。
 
しかしこの本がフィラデルフィア実験に関しての最初の本だった事は功績に残るのですが、調査が不十分で内容的に説明が足りず、そして著者達の憶測や想像が多く書かれていたので、却って実験の信憑性に欠けてしまったのです。

その上1984年に”フィラデルフィア実験”という題名のSFの恋愛映画が封切りされるに及んで、この実験に関係したと名乗り出た数人の人達が全て謎の死を遂げているという事実があるにもかかわらず、この海軍の秘密実験は実在しなかったというのが通り相場になってしまい、その後出版された多くの本も実験に関しては興味本位な内容が多く、懐疑的な姿勢が大勢を占めるようになりました。

しかし1989年になって、1940年代の実験に加わり、その後の 1970年代、1980年代のフォローアップの作業にも従事したという3人の人達が現れたのです。

この3人のインタビューの模様を収めたDVDが市場に出ています。
彼らにインタービューしたのはビル・ネルlと言い、証言した3人の名前はアル・ビーレック、プレストン・ニコラス、ダンカン・キャメロンの3人です。

このインタビューの現場に立ち会った電気技師は、その時3人が話した内容に衝撃を受けて、その後数日間というもの不眠症に陥ったという話ですが、ビルが自分のウエブサイトに載せているそのインタビューの内容と、アル・ビーレックの話を要訳しますのでフィラデルフィア実験というものが実際に起きたものかどうか、読者諸兄姉が自分で判断してください。

ビルは長年UFO研究家として全米各地で講演を行っていて、時々講演先でフィラデルフィア実験について話してくれる人達に出会ったのですが、一人を除いて全員が自分の名前の出ることを拒否したのです。
 
その一人というのはフィル・シュナイダーといって、政府の闇プロジェクトに参加していた地質学者で、彼の父親がフィラデルフィア実験に関わった医者の一員だったのでした。

フィルは1995年に30回ほど、聴衆を前にして政府の闇プロジェクトについて話していて、これから全米各地を回るという矢先の1996年の1月に、首の周りのゴムの管が巻きつけられて自宅のソファーに横たわっていて、死後数日してから友人によって発見されたのでした。

警察の発表では死因は窒息で自殺と断定しましたが、彼は両手の何本かの指を焼失していて、既に離婚していた元妻によると フィルはゴム管を強く締めることは自分ひとりではできないとのことなのです。
 
ちなみに彼女自身の主張がウエブサイトに入っていますが、これを読むとフィルが自殺でないことは明確で、その上検死官の解剖した遺体はフィルとは違う人の遺体のようです。
posted by コスモ at 00:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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