児玉誉士夫と小島よしおの違いがわからない若い世代でも、「東京スポーツ」なら知っていると思う。
児玉は東京スポーツを所有する他に、腹心をいくつもの雑誌社の役員に送り込んでいた。
それらに書き立てられることは脅威となった。
悪事を書き立てる正論新聞を黙らせるため、巽産業株式会社代表取締役石井唯博(後の稲川会会長石井進)を送り込んだこともあった。
「1948年末、釈放された児玉はCIAに協力するようになった」と後にアメリカでも報道されたし自身も存命中CIAのエージェントであることを認めている。
2007年3月12日にアメリカの公文書館保管のCIA対日工作機密文書が機密解除されて公開されたが、それによると、児玉のことを「プロのうそつきで悪党、ペテン師、大どろぼうである。
情報工作できるような能力は全くなく金儲け以外に関心がない」と酷評している。
児玉誉士夫は右翼やヤクザ組織、政治家との繋がりによる「力」、様々な表、裏の資金源から得る「金」によって日本で最も影響力のある大物フィクサーにのし上がったとされる。
とくに稲川会系とはつながりが深く、小泉純一郎はその舎弟。
ロッキード事件では、同社から巨額の対日工作資金を受け取ったとして
脱税と外国為替管理法違反で起訴されたがその対日工作資金を田中角栄に渡していたのである。
児玉はすでに1958年からロッキード社の秘密代理人となり、日本政府に同社のF-104“スターファイター”戦闘機を選定させる工作をしていた。
児玉が働きかけた政府側の人間は自民党の大野伴睦、河野一郎(現衆議院議長の父で河野太郎の祖父)、岸信介らであった。
1960年代末の契約が更新され、韓国も含まれるようになった。児玉は親しい仲にあった韓国の朴政権にロッキード社のジェット戦闘機を選定するよう働きかけていたのである。
韓国に対する影響力の大きさが窺える。
しかし、この頃、大野も河野も死亡しており、新しい総理大臣の佐藤栄作(岸信介の弟)や田中角栄にはあまり影響力をもっていなかった。
そこで児玉は田中との共通の友人、故小佐野賢治(国際興業=BMWを独占販売している会社)に頼るようになった。
小佐野は日本航空や全日本空輸の大株主でもあり、ロッキード社製のジェット旅客機の売り込みでも影響力を発揮したが、すでに日本航空はマクドネル・ダグラス社製のDC-10型機の購入を決定していたこともあり、その矛先を全日空に向けた。
この頃深い関係を作り上げていた田中角栄が1972年に首相になると児玉の工作は効を奏し、全日空はすでに決定していたマクドネル・ダグラスDC-10の購入計画を、後に贈賄で逮捕される元運輸次官の若狭得治社長の指示で破棄し、ロッキード社のL-1011トライスターの購入を決定。その後全日空は同機種を21機購入し、この結果ロッキード社の日本での売上は拡大した。
その後間もなく田中角栄はロッキード社から児玉を通じて渡された工作資金を、ロッキード社副社長コーチャン氏によってすっぱ抜かれ、失脚する。
何故蜜月関係にあったロッキード社が、自ら違法献金を公表し田中を貶めた背景は一体何なのか考えてみたい。
田中角栄が総理就任後一番初めにした事は日中国交回復。
これは隣国同士常に緊張状態を構築しておきたかった勢力にとって、驚天動地の出来事であった。
更に、イスラエル支持からアラブ支持を表明した。
おまけに、田中はアメリカ、エクソンモービルだけに頼ったエネルギー政策に危機を抱き、東南アジアルートを模索していたもだから、ロックフェラー様は頭から湯気を立ててお怒りになり、ついにプッツンしたようです。
エクソンモービル、ロッキード社はオーナーがロックフェラーだという事をご承知ください。
ベンジャミン・フルフォード氏が田中真紀子衆院議員に「御父さんの失脚した本当の理由が知りたい」と接触を試みたとき真紀子議員から「あなた、そんな事をしたら殺されるわよ。」と忠告されたと言います。
つまり田中角栄は、脱・ロックフェラー路線をとった事ではめられた訳なのだ。
つづく。

