2011年04月19日

ロックフェラー・ファイルNo.6





共産主義大機構の建設


かりに世界革命の結果、現在より中央集権的な権力が樹立されたとしても、共産主義と国際金融資本との利害は何ら矛盾しない。

国際金融資本は中央集権的な政府と取引する事を好む事はあっても、自由主義経済と地方分権的政府を望む事は無い。

なぜなら、これらは権力とともに富をも分散させてしまうからだ・・・彼ら一握りの銀行家と黒幕は、ポルシェビキでも共産主義でも、社会主義者でもなく、民族主義者でも、アメリカ人出さえない。

彼らはただひたすら市場を求め、より大きな国際市場を望み、世界の市場を排他的に独占する事を目的としている人たちなのだ。

アントニー・サットン


ベトナム戦争の背後で米ソは結託していた

1964年のある日、アメリカのデビット・ロックフェラーとソ連のニキタ・フルシチョルは、モスクワで2時間半にわたる秘密会議をもった。

この会議の内容は同年9月12日付シカゴ・トリビューン紙の報道によれば次のようなものだった。

>>本日デビット・ロックフェラーは、先に行われたソビエトの首相フルシチョフとの会談の模様を、ジョンソン大統領にかいつまんで報告した。

それによるとソ連共産党の指導者は、「米ソ間の貿易をさらに促進すべきである」とかたり、ロックフェラーに「アメリカの長期クレジットをソ連についても適用するように働きかけてもらいたい」と述べたという。

ロックフェラーとフルシチョフの秘密会議は、新聞発表の2か月前、7月にもたれていた。

ところがこの会議のテーマである東西貿易の拡大を実務レベルで検討中に問題が大きくなり、ジョンソン大統領が9月になってようやく事後報告を受けた事は明らかだった。

この問題の処理を誤ったフルシチョフは1月も経たないうちに辞めさせられ、デビットは黒海沿岸の別荘でフルシチョフの後継者と新たな会議をもった。

それかた2年たった1966年の10月、ジョンソン大統領はソ連圏諸国に「橋渡し」するという新たな政策を発表した。

当時アメリカはベトナム戦争の最中にあり、共産主義者はこの戦争をどんどん拡大させていった。

しかもこの戦争で使われた北ベトナムの軍需品は、すべてソ連の軍需工場から送られてきたものだった。

アメリカの兵士たちがベトナムの戦場で、共産国から送り込まれた武器、爆薬によって次々と殺され、傷ついている時、ジョンソンはなぜ、このような提案をしたのか。
(この提案はデビット・ロックフェラーの陰謀を知らなければとても理解できない、信じがたい政策といわなければならない。)

1966年10月7日、政府な全ての重要ポストにCFRのメンバーを任命していたジョンソン大統領は次のように語った。

「我々は、ヨーロッパの共産圏諸国に対して、最恵国並みに関税を引き下げる事ができるよう、法的な手続きに従って貿易協定を結ぶつもりである。

また我々は、東西貿易における数百の非戦略的品目に関する輸出規制を弱めるつもりだ。

6日後ニューヨーク・タイムズは次のように報道した。

合衆国は本日、ソビエト、および東欧に対する400以上の日用品の輸出制限を取り除く事によって東西貿易を活性化させるという、ジョンソン大統領の提案の一つを実行に移した。

輸出制限が緩和された品目は、野菜、穀物、家畜飼料、皮革、生ゴム、人造ゴム、パルプ、廃棄紙、織物、織物繊維、天然肥料、金属鉱石、金属くず、石油、ガソリン、石油加工品、化学合成品、染料、薬品、爆発物、洗剤、プラスチック、金属製品、機械、並びに専門化学計器がある。

我々にとってこの決定は何を意味するのだろうか。

事実上これらの非戦略品目は、全て直接、間接的にベトナム戦争で使う事ができた。

そして驚くべき事にその後、ライフル洗浄剤や電子装置、コンピューターやレーダーさえも非戦略品目であると申告され、ソビエトへの船積み手続きが認められたのだ。

議会は戦略物資を共産主義者へ送る事を制限しているが、その制限を骨抜きにする秘訣は、ほとんどすべての品目を「非戦略物資」と申告するだけだった。

要するに機関銃は戦略品目であるが、その部品や弾丸を発射させる化学薬品は「非戦略品目」と申告され、共産主義者の手に渡ったのである。

ベトコンお北ベトナムはその軍需品の85%をソビエトや東欧諸国から受け入れていた。

彼らの経済力では戦争を継続させる事ができないため、この戦争を推進した2つのグルーのうち、一方の共産主義グループが他方の金融資本家グループに援助を求めたのだ。

アメリカ政府はあの激しいベトナム戦争に於いて、奇妙な事に南北両陣営に資金面、物資面で援助した。

その結果、約五万五千人のアメリカ兵が、アメリカ製の武器で殺されてしまった。

そしてマスメディアはこの度もまた、アメリカ国民に米ソ結託の驚くべき真相を知らせなかった。

つづく。








posted by コスモ at 23:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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